長田産業の目的は、「私たちの人生を愛し、幸せになること」。
長田産業内部での検討会を開き、このように一旦決めました。
今は、社員とどのタイミングで共有するかを悩んでいるところです。
ところで、愛と幸せって、何だか宗教的のような概念的のような、わかってるようでわかっていないものだと思います。
今回は「愛」について、考えていきたいと思います。
リリーフランキー氏の著書 「美女と野球」という本があります。
この本は著者の独特の視点で物事を見つめている著作で、ユーモアにあふれた一冊ですが、その中に愛について考えさせられる論考があります。
「愛って年を取らないと理解できないと思っていた。なぜなら、愛と欲望が分別できないから」。
身も蓋もないけれど、それらに対しての反論は難しい。
なぜなら、私たちは欲望をコントロールすることはできても、欲望の発生をコントロールすることができないからです。
一方で、私たちは欲望と離れたところにも「愛」を見出すことができます。
親から子へのまなざし。誰かの平穏を祈る姿。傷付いた方に寄り添うこと。
それらには、経済性や欲望を見出すことができません。
何だか私たちが理想とする「愛」は、こちらを指しているような気がします。
つまり、私たちが純粋な愛と認識するのは、「与えること」「思いやること」「関わること」を含んだ一連の思考や行為だと今は考えています。
私たちは何のために働いているのでしょうか。経済性や合理性は大切です。しかし、それだけが人生の目的ではないように思います。
だから、私は一旦整理したいと思います。
私たちは、「与えること」「思いやること」「関わること」を大切にした人生を送りたい。
そして、そのことを「私たちの人生を愛し、」と表現しました。